





3/23 ももいろファミリー
3/23 ベッキーを師に仰ぐ
3/14 はじめの一歩
3/7 包みこむように
3/2 ダイ・ハード
memeちゃりマップ、よかったら見てね☆
←ココからどうぞ♪いつでもここにいます^^
ももいろファミリー
ここの所、東京では強風が吹き荒れているけれど、布団を干すムダなチャレンジャー、memeです。
肝心な所で挑戦したりしないクセに、こういうどうでもいい事に挑戦しちゃう。
話したい事が溢れています。
一見、我が家3人家族と思われますが、どうもひまわりさんに言わせると我が家は「5人家族」らしい。
4人目は、隠れた名バイプレイヤー(?!!)ヨコヤマルーシー。
(もはや単位に対する突っ込みはナシでお願いします。生温かい目で見てやって下さい)
5人目は、なんと「ヨコヤマぞうちゃん」……………ひまわりさん愛用の布団です、ハイ、、、
こちらのSHOPでも販売させて頂いてますピンクのお布団なのですが、
嬉しい事にひまわりさんがえらい気に入ってくれているのは知っていたのだけど…
ひまわりさんが紙に絵とか字とか書いていて、
そういったものをまとめてファイルしようと作業している時に
・ヨコヤマ(ダッディ)
・ヨコヤマ(meme)
・ヨコヤマ(ひまわり)
・ヨコヤマルーシー
・ヨコヤマぞうちゃん
と書いてあり、これらを四角く囲ってあるのを発見し、
改めて「ぞうちゃん」がヨコヤマ家の一員である事が判明した。
それまでもひまわりさんの言動で思わず首を傾げたくなるような事が多々有り、
出先で「ぞうちゃんが待ってるから早く帰ろう」
「ぞうちゃんがおうちでひとりぼっちで寂しがってるよ」
寝る時うっかりぞうちゃんを踏んだりしたものなら
「ぞうちゃん、踏んでるっ!!ぞうちゃんが痛いって泣いちゃうよっ!!」
一時が万事こんな調子なもんで、もはや「だって、それ布団じゃん、」なんて突っ込むのも
薄っぺらく感じてしまう程、こっちまで感覚が麻痺してきていて、
「あらあら、ぞうちゃん、ごめんなさいね〜」なんて私まで布団に軽く敬意を表していたりしたが
やはり心のどこかで「?」な部分があるのも否めなかった。
だけど、そのひまわりさんの書いた家族構成を見て、それまでの「?」が吹き飛んだ。
なるほど、ひまわりさんにとって家族の一員だったわけね。
あまりにも大事にするので、洗濯したくてもなかなか出来ずにいた。
やはりいつでも四六時中「ぞうちゃん!ぞうちゃん!」なんて可愛がってる有り様で、
完全に機会を失っていた。
ある時、布団を干していたら、「ぞうちゃんは干さなくていいの。」と豪語するひまわりさん。
ん?やっぱり彼女の中でも『布団』という括りにもなってる訳?と思いつつも
「よくないよ、洗濯もしないし、干さないでいたら、ぞうちゃんの中に虫が入っちゃうんだよ〜」
なんてリアルな表現、ごめんなさい、な事を言ったら速効ビビったようで
「ぞうちゃん、干して」本当なら洗濯したいとこだけど、ま、いっか。
そしてお昼過ぎた頃、「もうそろそろぞうちゃん、いいんじゃない??」って急かすので、
ぞうちゃんを取り込んだ所、「うわぁ〜、ぞうちゃん、お日さまのにおいがするぅ〜〜〜〜!!!」
それまで「干さない」なんて言ってたのは誰だっけ??なんて言葉もごっくん飲み込んだ。
夕べも寝る前におしゃべりしてたら、何を思ったか突然「ぞうちゃんにしんで欲しくないの」
どうリアクションすればいいんだべ?と軽く困惑してたら「ぞうちゃんがやぶれちゃったらイヤなの」
「今は考えなくていいんじゃない?大丈夫だよ。
もしもぞうちゃんが破れちゃったらその時ママがどうにかしてあげるから」と答え、就寝した。
そして今朝、ひまわりさんが何やら発見「ぞうちゃんにシミがついてるっ!!!!」
ぞうちゃんは寝室のみならず、あちこちで出没(!)というか連れ回されるので、
シミくらい出来ても不思議はない。
という事でやっと洗濯の機会をもらえた。
ひまわりさんのファンタジーと言えば、彼女の夢の「妖精」だけど、
実は、今は夢の鉾先が変わった。
彼女に言わせると、発表会の劇で「妖精」の役をもらえた事で、夢が叶ったらしい。
これでひとつ達成したので、次なる夢へ、となったらしい。
しばらくは「これは先生とママだけに教えるの、」と内密な事だったけど、
卒園文集に掲載されたので、発表させてもらえば(誰も期待しちゃいないのにね・笑)
「お花屋さん」だそうです。
クラスの女子の半分以上の子が憧れている「お花屋さん」
華やかで素敵な職業です。実際水仕事で大変。ただでさえ皮膚の弱いひまわりさんなんか厳しいんじゃないかしら。
なんてリアルな事思ってみたりもした。
まぁ、この夢もいつまで続くのやら。
ベッキーを師に仰ぐ
先日、hana's eyeを更新した時に、「??なんか変だなぁ…」って思いながらそのままアップしちゃったんだけど、
しばらくしてすぐに気付いた。
絵本作家のあだちなみさんを「あだちゆみさん」と表記しちゃった!!
思い出した時、思わず「それは女優さんでしょ〜〜〜!!!」なんて心の中で突っ込んでみた。
しかもそれを思い出したのが出先だったから、「早く直したい〜〜>_<」っていうジレンマとの闘いだった。
(大袈裟ね、いつもの事ながら)
そして帰ってからこっそり直しました。
…ってここで言っちゃってるからちっとも「こっそり」じゃないんだけどね。
あだちなみさん、そしてあだちゆみさん、ごめんなさい。
(ご本人に読んでもらえるかしら??可能性はゼロじゃないからね)
あ、ふと思い付いたのですが、来月から「hana's eye」という名前を変えようと思います。
今のところ新しいネーミングは「memememo」にしよっかなぁ〜って思ってます。
「めめめも」噛まないでね。(いちいち口にする機会なんてないと思うけど)
今朝、新聞をペラペラ眺めていて、本の新刊案内の所をボケラ〜っと見てたら
ベッキーの本が掲載されていて、しかもそれが自己啓発的な本だったりして、パっと見た時
「えぇ〜、(年下の)ベッキーから諭されちゃうのぉ??」なんて言ってる私も何様??な事を思っちゃったんだけど、
『「忙しい」という言葉は使わないようにしています。忙、という漢字は「心」を「亡くす」と書くからです。』
そうなの、そうなの、私も知ってたわ。でもついつい使っちゃってた今日この頃なの。
この文章には続きがあってね、
『「忙しい」ではなく「充実」、「疲れた」ではなく「がんばった」、
口から出る言葉はハッピーな響きの方がいいのです』
…やっだ〜、ベッキーったらいい事言うじゃない!!
ハイ、これからそのように致します。って即完敗、白旗上げたわ。
因みにこの本、幻冬舎発行の「ベッキーの♪心のとびら」です。
(宣伝までしちゃってる!!笑)
さて、18日、ひまわりさん、無事幼稚園卒園しました。
卒園おめでとう、って声を掛けて下さり、ありがとうございました♪
正直、私は「卒業式」って悲しい、ってあんまり思った事がないのですね。
小学校の時はそのまま中学に上がる人ばっかりだったから、あんまり「お別れ」って実感湧かなかったし、
中学の時は中学の時で、卒業前に転校を経験しちゃったばっかりに、転校先での思い入れがないから
「卒業式」に出ても「そうね、」ってさらりと交わすしか出来なくて、
高校の時も、学校の縛られた校則から解放される事の方が嬉しくて(まだ校則の厳しい時代でした)
「卒業が悲しい、寂しい」って思う事がなかったので、
今回初めてじっくり「卒業」ってものを噛み締めているような気分でした。
やっぱりこんなにもうっとうしいくらい思い入れどっぷりになるのも
3年間のお弁当作りの達成感もあると思う。
と言っても今後もダッディのお弁当作り、というものがあるけどね〜。
やっぱりこういう節目ってあるといいね。
しかも最近もずっと夜中までの作業が続いたからダッディのお弁当もサボリがちだったんだけど、
そろそろ復活せねば。
相手がダッディだったら大人だから「今日はお弁当なしね」って言っても通じるけど、当たり前にひまわりさんには通じないもんね。
時には私がダウンして、しんどい時はコンビニに走って、惣菜類を買って詰め直した事もあった。
入園前に違う幼稚園での説明会で、そこの幼稚園も毎日お弁当だったんだけど、
園長先生が「お弁当こそ、お母さんからの一番の贈り物じゃないでしょうか」みたいな事を言っていて、
それまでは「ぐへ〜〜〜、毎日のお弁当作りなんて憂鬱以外の何ものでもないじゃーん!!」
なんて思ってたけど、この園長先生のありがたいお言葉で価値観がガラっと変わり
さらに園長先生が「何十年後、子供が成長した時に『あの時毎日お弁当作ってくれたお母さん』
という記憶は確実に残ります」と続けてくれて、
「それなら楽しむしかないじゃない!!」と考え直し、そのすぐ後くらいにお弁当の本を買ったっけ。
(とことん単純なの)
そして今となっては「もうお弁当作る事がないなんて〜〜〜」と嘆きながらも
反面「給食バンザイ!!」なんて思っちゃってもいるんだ^^;
そりゃもちろん運動会だとかイベントごとにお弁当は必要になるんだろうけど、
間隔空くと、感覚狂うので困るんだなぁ、これが。
スーパーとか雑貨屋でお弁当グッズ見ても「あぁ、もうアンテナ張らなくていいんだぁ」ってしんみりしちゃう。
しかもますますお弁当作りが楽しくなるようなグッズが増えて来てるからムダに惑わされる今日この頃。
はじめの一歩
前まで私の中では今頃ったら、あらかたの仕事を終えてとりあえず卒園までまったり…
って思ってたけど、そうも行かないバタバタ騒ぎ。
先日今年度最後のプリントを出したけど、勘違いして日付けの記載を間違ってしまった…
最後の最後でこれよ、もうガックリ。
しかもこのプリントの印刷を幼稚園にお願いした時に園長先生から1年間の労いのお言葉を頂いたと思うんだけど、
強風のあおりでさっぱり聞こえなかった…
ものすっごく聞きたかったけど、「え??え??」なんて園長先生に言えるわけないしね。
まぁ、役員関係も一段落ついたけど、あとは自分のやらなくちゃいけない事が溢れているので
結局いつでもいっぱいいっぱいな私。
ひまわりさんが「オーロラ姫(眠りの森の美女)と『ピーターパン2』のDVDが見たい」というのでレンタルした。
そしてオーロラ姫を見て「オーロラ姫って裸足なんだね〜」と発見。
さらに感想が「オーロラ姫もお散歩が好きなんだね。(私も一緒に見てないからどこを指して言ってるのかわからないけど、
たぶん森まで歩いた事を指しているのでは、と推測)
きっとオーロラ姫の歩く距離はうちからライフ(スーパー)くらいまで歩くんじゃないかなぁ〜」
なんて急に現実的というか、なんともプリンセスとは似つかない庶民的な発言におかしくなった。
いよいよ幼稚園ライフも残すところあと3日となってしまった。
うわぁ、時計の針が3年前に戻らないかなぁ。(絶対無理)
幼稚園ライフが楽し過ぎたのもあって、やはり新しい環境(小学校)に対する不安の方が大きいのかも知れない。
年を重ねてますます新しい環境というものに臆病になってるなぁ、とつくづく痛感している今日この頃。
思えば3年前もそうだった。
ひまわりさんさえ、幼稚園に対して消極的だったら2年保育にしていたくらい、
幼稚園ライフに対する不安たるやすごかった。
今からしたら「何をそんなにビクついてたわけぇ??あーはっは!!」ってなもんだから
きっと小学校ライフも入ってみたら「うわぁ!ラクちーーん!!」なんて言っちゃうのかも知れないけど、
やっぱり踏み入れるまではついつい恐々としちゃう。
ひまわりさんの方は楽しみで仕方ない様子。
新しい事、そう、ひまわりさんも習い事を始めとして、何か新しい事を始める事に対して思いっきり消極的だったけど、
初めて彼女自ら「やりたい」と言い出した。
それはベネッセの「ボンメルシィ」。ママさんならご存じの方多いと思うけど、
平たく言えばレシピ本。しかも子供向け。
ベネッセと言えばかつての「学研」(だったよね??)
私の小学生時代も憧れでした。何が魅力的って付録。
今、思い返せばちゃっちいもんだったけど、子供のフィルターを通すとあれは輝いて見えたもんです。
そして時代を経て、今、ひまわりさんにもどうやら輝いて見えたらしく、
ベネッセの勉強システムのキャラクター「コラショ」がすごく素敵に見えるみたい。
しかもベネッセもマメで、しょっちゅう「これが受け付け最後ですよぉ!!」なんて毎回謳いながら
ご丁寧に送って下さるもんで、ひまわりさんもDMの簡単なドリルとかやって興味津々。
そこで、ひまわりさんに「コラショ、やってみたい??」って聞いたら
「うん、やってみたい」あら、意欲的なひまわりさん、初めて見たかも。
そこで、時を同じくして届いたボンメルシィも見せてみた。
「こんなお料理を学べるのもあるけど、コラショとどっちがいい??」
「お料理がいい!!お料理やりたい!!やりたい!!」とノリノリではありませんか。
その日から料理のお手伝いにますます意欲的になってくれたのはいいけど、
まだ届かないから焦らずに行きましょうよ。って言いたくなるくらいスタートダッシュしたがってる感丸出し。
やはりサポートする側からしたら、うまく乗せてあげる事が出来るかしら…
かったるくないかなぁ、なんてこれまた新しい事に若干臆病になってます。
と言いつつ、ひまわりさんが料理上手になってくれたらいいなぁ、なんてまだ届きもしないし、
何も始めてない段階でうっすら思い浮かべちゃってる親バカさんな部分も持ち合わせております。
私の幼少時は親が共働きだったので、お昼は給食のない日は自炊みたいなもんでした。
と言ってももっぱらインスタントラーメン。
この時にインスタントラーメンを食べ過ぎたので、今は食べたくないくらい食べ過ぎた。
だからって料理上手か、と言ったら、レパートリーはインスタントラーメンとホットケーキ
(もちろんホットケーキミックスで)くらいなもんだったけど、
料理自体は好きだった。ひとりで「料理番組ごっこ」をするのが好きだった。
いちいち材料を小皿に移して、「次にこれをお鍋に入れます」とかブツクサ言いながらインスタントラーメンを作ったりしていた。
しかも今にして思えば、袋に記載されている作り方なんて満足に見た事がなく、
水の量もテキトーだったので、味が薄くてちっとも美味しくなかった。
そのクセ、これは前にも話した事があるけど、家族を相手に「ニコニコ食堂」なんて
インチキくさい屋号を立てて開業しちゃって、
インスタントラーメン(みそ味、しお味、しょうゆ味)というレパートリーをフルに駆使していたのだけど、
たいして儲からない上、気まぐれ商売だもんで、作りたい時に客は来ず、気分が乗らない時に
「めめちゃん、ニコニコ食堂お願い」なんて言われても「えーーーー!!!やだぁーーー!!」
なんて商売人にあるまじき態度を露骨にし、気付けば廃業していた。
さて、ひまわりさんの料理センス、どこまで成長するでしょうか。
う〜ん、私の子供だもんなぁ〜(苦笑)
包みこむように
幼稚園生活最後の涙の懇談会も終わり、今日は謝恩会だった。
先生にアルバムを渡し、『任務終了(仮)』となった。
(仮)なのは、先生だけで、まだお母さん達に配っていないから。
アルバムも印刷が仕上がったのがなんと昨日のお昼過ぎで、しかもなんとミスプリントがあったりして
急遽、パソコンに取り込んでプリントアウトして…なんて作業をしてたら
あれよあれよと夕方、私がそのアルバムを受け取ってラッピングが終わったのが夜の11時半。
ギリギリセーフ=з
謝恩会、すごく楽しかった。
お母さん達による余興が素晴らしかった。
すっごいえこひいきな目線で言わせてもらえばディズニーのショーばりに素晴らしかった。
(発表会の評価同様、いつだって過大評価←私の中ではちっとも『過大』ではないんだけどね☆)
幼稚園の3年間を凝縮させたような内容で、笑いあり涙ありのショーだった。
DVD販売してくれたらいいのになぁ。
お母さん達ってすごいね。お母さんって以外でもプロフェッショナルな部分を持ってる人だらけで
「3人寄れば〜なんちゃら〜」じゃないけど、ひとつの事を話してたら
「それは私がこうするよ」って言えば「じゃあ私はあれするね」とっても刺激的!!
今回のアルバムの仕事でそれをつくづく感じた。
お母さんって楽しいなぁ。
こんな風に思えるのはこのママさん環境が素晴らしいんだろうな。
特にこの一年は殆どのママさんがスタッフとなっていたから何か見えない「連帯感」みたいのがあって
流れる空気が心地よかったのかも知れない。
やだなー。卒園したくなくなってきた。留年したいなぁ。(いいのか??)
話は戻るけど、懇談会も涙、涙の空気で、私も泣くもんか、って思ってたし、
基本的にあまり皆が泣いても泣ける人間じゃなかったのに、頭の中で3年間を振り返っちゃったもんだから
我慢出来なくなっちゃった。振り返っちゃいけないね。
でも振り返りたくなっちゃう。
思えば年少では私の育児の過ちに気付き、年中ではひまわりさんが環境の変化に馴染めず、
年長では私の役員ライフと共にひまわりさんも飛躍的に成長し、運動会では壇上での挨拶をこなしたり、
少しずつ積極的な姿勢になってきた…やばい、この時点で既にウルルン来てる…
きっと卒園式も振り返りまくるんだろうな。ボロボロしまくるんだろうな。
ウォータープルーフのマスカラを買っておくべきだね。
話はちょこっと戻ってアルバムのラッピングをさせてもらった。
実は私、「ラッピング好き」。だからって器用に何でもかんでも包めちゃうようなテクニックは持ち合わせていない。
まぁ、普通に「キャラメル包み」と「斜め包み」が出来るくらいなんだけど、
とにかく「ラッピング」が大好き。
このラッピング好きのルーツは高校の時に今は亡きショッピングデパート『ニチイ』のサービスカウンターでのアルバイトだった。
(そもそも『ニチイ』って知ってる人の方が少ないと思うけど)
高校時代は色んなアルバイトをしたのだけど、一番長く続いたのがこの『ニチイ』だった。
それは何よりこの「ラッピング」の仕事が好きだったから。
だけど、このサービスカウンター担当の女子社員の人が苦手だった。
思えば私もなめた高校生だったので、そのなめた態度で女子社員の怒りを買っていて
悪循環の極みだった。
女子社員も当時19歳。今にして思えば彼女はトンガりまくっていて、何かと高いプライドをぶつけていた。
その女子社員と私の相性は最悪だったんだけど、それでも私が続けていられたのは
パートのおばちゃん達のおかげ。
女子社員にプリプリぶつけられてムッカ〜!!となってるとおばちゃんが
「また○○さんに言われちゃったでしょ、気にしなくていいからね、」
なんて優しく言ってくれる。涙が出そうになっちゃうの。
パートのおばちゃんも2人いて(サービスカウンター担当のね)
お二人とも本当に優しくしてくれたんだけど、ひとりはしょっちゅう売り場をウロウロしてて
やたらとサボってるのが高校生の私には「ん?」と軽くハナに付く部分もあった。
(『大山のぶ代』さんに雰囲気が似ていた)
その大山さん(仮名)は熨斗書きを得意としていて、もっぱら領収書書き(これ超ラクチン)と熨斗書きは率先してやるんだけど、
ラッピングとなると売り場をウロウロし出す困ったちゃんだった。
だけど私も毛筆を得意としなかったし、その女子社員との確執の事で優しくしてもらってる事もあって
強くは言えず、そういう点で「軽くハナに付く」程度に留まってしまうのだった。
なのでもっぱらもうひとりのおばちゃんと「あれってど〜なの??」ってコソコソ言うのが精一杯だった。
他の社員の方もなめた女子高生だった私に優しくしてくれて、
「卒業したらウチおいでよ〜、今から内定あげておくよ〜」なんて言われてたりしたが
当時の私は内心『ごめん、それはムリ=з』って思っていた。
今だったらニコニコ「ありがとうございますぅ〜」ってやり過ごすだろうけど、
当時の私はそんな処世術を持ち合わせてなく、とことん不器用だったからきっと露骨に顔に出てたと思う。
そんなほろ苦い思い出をアルバムのラッピングで思い出した。
ホント、今にして思えば面白かった。
まさか16、7歳の経験が20年後の今生かされる事になるとは…って考えると感慨深いね。
ダイ・ハード
とりあえずアルバム完成した。あぁ、ひとまずはホッ。
思えば2月は睡眠不足な日々だった。やっと寝れるかなぁ。
でも役員の仕事もまだある。でも越える山もあと一つ。
これを乗り切れば、後は引き継ぎの資料作りを残すのみ。
(これもなにげに大きな山だったりする)
自分で言うのも何だけどよく頑張った。(しかもまだ終わってないけど)
毎回自分を褒めながら過ごした。そうしなきゃやってられないもんね。
この間に歯が痛くなった。久しぶりに味わう激痛だった。
頭蓋骨に直撃する勢いだった。
前に歯医者さんに「そのうち痛くなりますよ」って言われてたから多少覚悟は出来てたけど、
やっぱり痛かった。歯医者さんの予言(?)的中。
忙しいのも手伝って我慢してみたけど、そもそも痛くなる時点で既に末期に近いので、
我慢したところでちっともよくなる訳がない。
そうしていたら限界が来た。朝イチで歯医者さんに電話したら「(午後の)3時半あたりはどうでしょう」
どうもこうもない、お願いするに決まってるでしょう。
3時半までの長い事ったら。
お昼あたりから地獄だった。だけど、気付けば仮眠をとっていて、起きたら痛みも小康状態になっていた。
「ん?大丈夫…かも??」いやいや、そこでまた我慢したところで、再び激痛が来るのは目に見えている。
学びましょう。という事でようやく歯医者へ向かう。
それまでの激痛を思えば麻酔のチクンなんて可愛いものよ。
そうしてそれまでの激痛とはオサラバした。知覚過敏ともオサラバ。
あぁ、痛くないって素晴らしい。痛くないって最高にハッピー。
お水でうがいが出来る事の素晴らしさ。
なんて言ってたら、ダッディも歯痛で悶絶していた。
うん、うん、よぉくわかるよ、その痛み。
ムダに共感しまくり。こんなトコで共感したくなかったけどね。
我々夫婦は歯が弱い。情けない限り。
という事でひまわりさんに同じ思いはさせまいと歯みがきは必死。
ところで、最近ひまわりさん、『死』について考えるようになったみたい。
私は忘れもしない小学3年生の時だったから、ひまわりさんは早いね。
というのも時々「ママがしむのは(死ぬのは)やなの」「ママ、ぜったいしまない(死なない)でほしいの」
と突然言い出す。
ここで「いやいや、人生には始まりがあれば終わりもあってね…」なんて説ける程、私も人間出来ていないのもあって
「うん、大丈夫よ、絶対死なないから」と答える。
私が幼い頃、我が家には2段ベッドがあって、その2段ベッドには二人の姉が使っていて、
私はそのベッドの脇の床(畳)に布団を敷いて寝ていた。
なので私からしたらベッドに対する憧れみたいなものがあった。
二人の姉もそれぞれのベッドを自分の聖域のように利用していたので、私もあまり踏み入れる事がなかった。
ところがある時『気分転換』と称して場所を入れ替わる事が稀にあり、私が上の段で寝る事になった。
その夜の出来事だった。
不馴れな場所になかなか寝つけず、何を思ったか「人間はいつか死ぬ」という考えが頭をよぎり始めたら最後、
「死」とは何ぞや…なんて考え始めたら9歳児の頭には負担すぎるでしょう。
あっけなく泥沼の世界に突入。号泣。
慌てて父親が飛んで来てくれて「どうした?」と問われ、「死ぬのが怖い〜〜〜」と訴えた。
父親も「いやいや、まだまだ死なないよ」とたしなめてくれたけど
「でもいつかは死んじゃうんでしょ」父「でもまだまだ死なないよ、お父さんの方が先に死ぬからね」
この言葉はより一層私の心を恐怖の世界へ陥れた。
「やだぁ!!!絶対誰も死んじゃいやだぁぁぁ!!!」
父親は困惑した。「そうは言ってもねぇ〜」
まぁ、私の記憶もこの辺までなんだけど、その後30年近く覚えてるくらいなので、やはり私にとっても
衝撃的一夜だったのは間違いない。
そしてこの夜以来、2段ベッドの上の段で寝る事はなくなった。
こういう事もあって、やはり幼い子供に「死」を説く事の難しさを実感する。
とりあえず「ママもダッディも絶対死なない」という事にしておく。
死んでなるものか。